
簿外債務の危険性とは?買い手が把握しておかなければならない理由
簿外債務とは、帳簿に記載されていない債務です。M&Aで中小企業を買収する際には、特に簿外債務に注意しましょう。M&A完了後に簿外債務があると判明し、思わぬ損害を被るケースもあります。簿外債務の具体例や損害を防ぐ方法を確認しましょう。
2022-01-19
中小企業における簿外債務とは?

本来は帳簿に記載されるべきであるのに記載されていない債務は、簿外債務と呼ばれます。中小企業では簿外債務が存在するケースも珍しくありません。まずは簿外債務の特徴を確認します。
貸借対照表に記載がない債務のこと
簿外債務は法律で定められている言葉ではありません。貸借対照表に記載されるべき債務で記載されていないものを簿外債務と呼びます。
計上されていなければ全て簿外債務に含まれるため、種類は下記の通りさまざまです。
- 仕入や費用の計上漏れ
- 貸し倒れ引当金
- 未払い残業代
- 未払い賞与
- 退職給付債務
後から支払いを請求されるものもある点に要注意です。
簿外債務の発生はよくあること?
簿外債務が発生すること自体は、そう珍しいことではありません。とくに中小企業は、『税務会計』の方式を採るために簿外債務が発生することが多々あります。
税務会計では、国が税金を確保するために、損金、つまり費用計上できるものが限定されています。そのため、未確定な債務とされる賞与引当金や退職給付金などが簿外債務として処理することは一般的に行われているのです。
以前は「飛ばし」が行われることもあった
意図的に発生させる簿外債務の中でも、代表的なものが『飛ばし』です。評価損や含み損を抱える株式や不動産を持っていると、財務状態が悪化したように見えてしまいます。
そこで将来買い戻す条件付きで、第三者へ割高な価格で売却するケースがありました。本来出ていた損失を隠す目的で実施される売買です。
損失を含む資産を売却してしまえば、確かに帳簿上は財務状況が悪くなっているように見えません。しかし将来的に買い戻す約束になっているため、簿外債務として扱われます。
ただし、飛ばしは粉飾決算の一種と考えられ、現在は証券取引法で禁止されている方法です。
簿外債務の取り扱い

簿外債務があると、財務諸表をチェックしても、会社の正確な財務状況を把握できません。加えて、計上されていない債務の存在を、書類だけで知るのは不可能です。
M&Aを実施するとき、売り手・買い手はそれぞれどのように簿外債務を扱うとよいのでしょうか?
売り手は自発的に簿外債務について開示する
簿外債務の存在を隠したままでも、交渉は進められるかもしれません。しかし買い手の損失につながる情報を隠していたと分かったら、信頼は失われてしまいます。
例えば、M&A成立後に退職給付引当金の計上漏れが発覚すると、買い手は積立不足になっている分を負担しなければいけません。買い手の経営に大きな影響を与えるため、売り手は損害賠償請求される可能性もあるでしょう。
そのような事態を避けるために、売り手は自発的に簿外債務について情報開示するのが適切です。調査を実施し簿外債務の有無を正確に把握し、企業価値評価へ反映しましょう。
早い時点で買い手が簿外債務を把握する重要性
全ての売り手が簿外債務を自発的に開示するわけではありません。簿外債務がなければ貸借対照表が健全に見えるため、隠そうとする売り手もいるでしょう。
買い手は売り手に簿外債務がないか、早い段階でデューデリジェンスを実施するとよいでしょう。簿外債務が見つかると、企業価値評価にも影響を与えます。
買収金額が大きく減る可能性もあるため、重要なポイントです。
簿外債務の主な内容とは?

簿外債務にはどのようなものが含まれるのでしょうか?代表的な簿外債務はどのようなものなのか、確認しましょう。
費用の未払い分や計上漏れ
取引後に支払いを済ませていない場合、通常はすぐに『買掛金』や『未払金』などを計上しなければいけません。しかし長年取引をしている中で、後からまとめて計上するケースもあるでしょう。
すると買掛金や未払金は、計上するまでは簿外債務になってしまいます。簿外債務が常習化していたり、金額が大きい取引であったりすると、M&Aを進める中で簿外債務が発覚したときに大きな負担となります。
未計上の買掛金や未払金などの有無をデューデリジェンスで確認する際は、実際の残高と帳簿上の残高の整合性や、取引から代金の決済までにかかる回転期間の分析を中心に実施します。
偶発債務
将来的に条件を満たすと成立する『偶発債務』も、簿外債務の一種です。ただし発生するかどうかは現時点では不明で、発生した場合に債務の金額がいくらになるかも予測できません。
しかし確認できているのなら、もしかしたら発生するかもしれない債務として貸借対照表に注記しておく必要があります。例えば債務の保証人になった場合や訴訟などが該当します。
ただし偶発債務は、デューデリジェンスを実施しても見つかりにくいものが多いでしょう。債務の保証人になっているケースでも、注記がなく契約書が見つからず売り手が黙っていれば、まず分かりません。
関係者への質問・取締役会議事録や関連資料の閲覧などで有無を確認しますが、見つからないケースもあると知っておきましょう。
主な偶発債務の内容とは?

簿外債務の一種に分類される偶発債務に分類されるものもチェックしましょう。代表的な『未払い残業代』『退職時一時金』『損害賠償義務』について、債務の特徴と発生する経緯を確認します。
未払いの残業代
中小企業の中には残業代があいまいな会社もあります。制度が整っていない会社や、制度があってもサービス残業になっている会社、給料に上乗せしており残業代として支払っていない会社など、ケースはさまざまです。
このような状態で『未払い残業代』がある場合、買収後に退職者や社員から残業代を請求されるケースもあります。直接請求されなくても、労働基準監督署への申告により調査が入る可能性もあるでしょう。
未払い残業代は支払うべき残業代に加え、延滞金も支払わなければならず、長年続いていたとすると大きな債務を抱える事態になるかもしれません。
社員や役員に退職時支払われる一時金など
『退職給付債務』や『役員退職慰労引当金』も偶発債務になり得ます。退職金制度がある場合には、従業員や役員が退職するときに支払う退職一時金や年金のうち、一部は会社が負担しなければいけません。
正しく処理するには、債務として計上すべきです。しかし計上しても損金にならず、会社にとってとりわけ問題がないため、計上していないケースが多いです。
退職一時金や年金の費用を債務としてあらかじめ計上していない場合、実際に退職金を支払ったタイミングで費用として帳簿へ記載するのが一般的です。
本来であれば積立しているはずが行われていないため、偶発債務として扱われます。
損害賠償義務発生のリスク
会社が訴訟を起こされていると、将来的に損害賠償義務を負わなければいけないかもしれません。例えば取引先から不良品による訴訟を起こされているケースです。
ただし訴訟の結果や損害賠償請求額は、現時点では分かりません。そのため訴訟を起こされている場合、結果がはっきり分かるまでは偶発債務として注記します。
簿外債務による予期せぬ損害を防ぐには

対象会社に簿外債務があると後から発覚した場合、買い手は想定外の債務を負わなければいけません。事業の拡大や業績アップを狙いM&Aを実施しても、損害が出る可能性があります。そこでリスクを回避するポイントを三つ見ていきましょう。
専門家と共に問題点がないか確認する
買い手が実施可能なリスク回避策として、代表的なのがデューデリジェンスです。税理士や弁護士などの専門家に依頼し、売り手の財務状況に問題がないか確認していく中で、簿外債務が見つかるかもしれません。
デューデリジェンスを実施するには、深い専門知識が必要です。自社で対象会社の書類を確認すれば十分と甘く考えるのではなく、専門家の力を借り徹底的に調査しましょう。
M&AプラットフォームのTRANBIなら、提携している専門家へ依頼できスムーズです。
あらかじめ簿外債務の存在が分かっていれば、そのリスクを考慮した買収価格を交渉の場で提示できます。場合によっては取引を中止する決断も可能です。
表明保証条項を設定する
契約書に『表明保証条項』を設定するのも、損害の回避につながります。契約締結日や譲渡日の時点で、定めた項目について正しい内容であることを、売り手が買い手に対し保証する項目です。
表明保証条項を設定しておけば、万が一見逃していた簿外債務が後から発覚し損害を被ったとしても、売り手に損害賠償を求められます。
設定しなければ、簿外債務のリスクは全て買い手が負わなければいけません。表明保証によってリスクを売り手と分散できる方法です。
事業譲渡を選択する
M&Aのスキームで『事業譲渡』を選べば、簿外債務を引き継がずに買収できます。株式譲渡を採用すると、資産も負債も含めて対象会社の全てを引き継がなければいけません。その中には当然、簿外債務も含まれます。
しかし事業譲渡であれば、不要な負債や契約を取り除き、必要なものだけを選択して買収可能です。株式譲渡と比較して手続きは煩雑になりやすいものの、簿外債務のリスクは取り除けます。
まとめ
帳簿に記載されていない負債を簿外債務といいます。例えば未計上の買掛金・未払い金や、未払い残業代・退職一時金・損害賠償請求などの偶発債務が代表的です。
M&Aを実施するときには、デューデリジェンスを実施し簿外債務の有無を調査しましょう。簿外債務がどれだけあるか正確に判断できなければ、正しく企業価値を評価できません。
正確に把握しきれなければ、買い手は損害を被る可能性もあります。損害を回避するには、売り手と買い手でリスクを分散する表明保証条項を契約書で設定しましょう。
万が一、契約後に簿外債務が見つかっても、損害賠償を請求できます。スキームを株式譲渡から事業譲渡に変更するのも一つの方法です。簿外債務の概要やリスクを知ることで、有効な対策に役立てましょう。