
バリュエーションの目的とポイント。三つの手法の違いを理解しよう
M&Aにおけるバリュエーションとは、買収対象の企業価値を評価することです。売り手と買い手は、その評価をもとに価格交渉の妥協点を探っていきます。バリュエーションの目的と、評価に用いられる三つの手法について詳しく解説します。
2022-04-14
M&Aにおけるバリュエーションとは

企業買収の交渉にあたり、『買収対象企業にどのくらいの価値があるか』を把握する必要があります。『バリュエーション』は、価格交渉をする際のたたき台となるものです。
会社の価値を算定すること
M&Aの会社買収では、売り手と買い手の交渉によって買収価額が決まります。交渉するといっても、売り手の企業価値を正しく算出できていなければ、適正な価額での取引ができません。
とりわけ、株式が市場に出回っていない非上場企業の場合、会社にどのくらいの市場価値があるのか見当もつかないでしょう。
バリュエーションとは、財務データや事業計画書などを基に、企業価値を客観的に算定することです。
企業価値と事業価値の違い
バリュエーションで評価する『企業価値』とは、その企業全体の価値を指します。具体的には、企業の事業活動からもたらされる『事業価値』に『非事業用資産の価値』を加えたものです。
- 企業価値=事業価値+非事業用資産
事業価値とは、その事業がどれだけのキャッシュフローを生み出せるか、すなわち『企業の稼ぐ能力』を数値化したものです。『非事業用資産』とは、余剰資金や遊休資産などを指します。
企業価値の大部分を占めるのは事業価値です。一般的に、事業価値は『EV(Enterprise Value)』と呼ばれますが、企業価値をEVとする場合もあります。
適切に算定するポイント
企業価値の算定方法は複数ありますが、必ずしも同じ結果が出るとは限りません。どの方法も一長一短であることを念頭に、結果を慎重に検証しなければなりません。
算定方法は、大きく以下の3種類に分けられます。
- コスト・アプローチ
- マーケット・アプローチ
- インカム・アプローチ
売り手と買い手では立場が異なるため、バリュエーションの評価の受け止め方にも違いが表れます。『立場や目的が変われば、価値も変わる』という点を踏まえながら、交渉を進めていきましょう。
バリュエーションの進め方

バリュエーションをいつ誰が行うかについて、法的なルールはありません。売り手にとっては『自社にどのくらいの価値があるのか』、買い手にとっては『売り手が提示した価格が適正なのかどうか』を判断する材料となります。
バリュエーションを行うタイミング
売り手がバリュエーションを行う場合、M&Aを検討し、M&Aの仲介会社と秘密保持契約やアドバイザリー契約を結んだ時点で実施するケースが多いようです。バリュエーションで自社の価値を客観的に評価した上で、譲渡する価額を設定します。
一方、買い手は事前の情報開示(ネームクリア)で対象企業の詳細を把握しているものの、提示された価額が適正かどうかは判断できません。基本的な合意内容を記した『基本合意書』を締結する前にバリュエーションを実施し、算定結果に基づき価額交渉を行います。
バリエーションのタイミングは1回とは限らず、M&Aの各段階で、双方が『企業価値評価の必要がある』と認識した際に実施されます。
買収価格の決まり方
企業価値は、企業の価値を客観的に数値化したものですが、企業価値がそのまま買収価額になるわけではありません。以下はM&Aの大まかな流れです。
- バリュエーションを行う
- 売り手が自社の価額を決める
- 買い手が買収価額を提示する
- デュー・デリジェンス(買収調査)を実施する
- 交渉をする
- 最終的な買収価額が決定される
売り手の場合、会社への愛着や誇りといった心理的要因により、価値が高く見積もられる傾向があります。一方で買い手は、将来的なリスクや投資効率を考慮するため、評価が厳しくなりがちです。
バリュエーションを実施した上で、買い手と売り手が交渉を通して妥協点を見いだしていきます。
コスト・アプローチ

バリュエーションは『コスト・アプローチ』『マーケット・アプローチ』『インカム・アプローチ』に大別されます。コスト・アプローチは、評価対象の純資産をベースに評価することから、『コスト』という名称が付されています
純資産を基準とした手法
コスト・アプローチは、企業の保有する純資産を基準としたアプローチ方法です。『過去の実績による評価』と考えると分かりやすいでしょう。
貸借対照表にある純資産に焦点を当てるため、より客観的な企業価値評価が可能になります。一方で、将来の収益性や無形の資産が加味されない上、売り手を取り巻く市場環境が反映されにくいのがデメリットです。
コスト・アプローチの企業価値評価方法として、以下が挙げられます。
- 簿価純資産法
- 時価純資産法
- 再調達原価法
中でも時価純資産法について見てみましょう。
例:時価純資産法
『時価純資産法』は、コスト・アプローチの代表格です。貸借対照表にある資産と負債の項目を『時価』に換算して計算を行います。
- 資産と負債の項目(簿価)を時価に置き換える
- 資産から負債を差し引いて『時価純資産』を算出する
時価純資産法の比較対象になるのが『簿価純資産法』です。帳簿価格をそのまま用いる手法で、時価純資産法よりも容易に計算ができます。
しかし、固定資産や有価証券に含み益・含み損が生じている場合、実態と乖離してしまうのがデメリットです。時価純資産法は簿価純資産法の弱点をカバーしたものと捉えましょう。
マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチの『マーケット』とは『市場』の意味です。事業コンセプトやビジネスモデルが似ている上場企業を参考にする手法で、市場での取引環境や客観性が反映されるのがメリットです。具体的な特徴を見ていきましょう。
市場価格を基準とした手法
マーケット・アプローチは、対象企業と類似する同業他社を探し、その企業の時価総額を算出することで企業価値を見出す方法です。
株式市場やM&A事例における実際の取引価額を参考にするため、『市場環境が反映されやすい』『客観性に優れている』というメリットがあります。
一方で、企業の個別の事情が反映されにくい点や、類似する上場企業を探すのに手間がかかる点がデメリットです。
マーケット・アプローチの企業価値評価方法としては、以下が挙げられます。
- マルチプル法
- 市場株価法
- 類似取引比較法
- 類似業種比較法
例としてマルチプル法について見てみましょう。
例:マルチプル法
『マルチプル法(類似会社比較法)』は、類似企業を選定して評価倍率(マルチプル)を割り出し、売上や利益に関する対象企業のKPI(目標達成における各過程で、達成状況を定点観測するための指標)を掛けて企業価値や株式価値を算定する方法です。
- 事業価値=類似企業のマルチプル×評価対象企業のKPI
詳細は省きますが、マルチプル法で用いられる代表的な評価倍率には以下のようなものがあります。
- EBITDA(減価償却費及び支払利息控除前税引前利益)
- PSR(株価売上高倍率)
- PER(株価収益率)
- PBR(株価純資産倍率)
インカム・アプローチ

『インカム・アプローチ』の『インカム(Income)』とは、『収入』を意味します。将来的に企業が稼ぐ力に基づいたアプローチ方法で、大手企業はもちろん、今後の収益性を期待できるスタートアップ企業でも多く用いられています。
将来の収益力を基準とした手法
純資産に焦点を当てたコスト・アプローチは、企業の過去の実績に基づいた手法であるのに対し、インカム・アプローチは将来の収益性が基準です。
主に企業の事業計画書をベースに算出されるため、『現時点での収益は少ないが、将来的に成長が期待できる』というベンチャー企業やスタートアップ企業で選ばれやすいといえます。
マーケット・アプローチと違い、個別の価値が反映されやすいのもメリットでしょう。ただ、マーケット・アプローチやコスト・アプローチに比べて客観性に欠けるのがデメリットです。
将来の継続的な収益ありきなので、倒産間近の企業には適していない点も留意しましょう。
インカム・アプローチによる手法としては、以下が挙げられます。
- DCF法
- 収益還元法
- 配当還元法
次にDCF法について詳しく見てみましょう。
例:DCF法
『DCF(Discounted Cash Flow)法』は、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を特定の割引率で割り引き、企業価値を算出する手法です。『割り引く』とは、将来獲得できるFCFを現在価値(割引現在価値)に直すことを指します。
以下が大まかな流れです。
- 事業計画から今後数年間のFCFを算出する
- 割引率(WACC)を計算する
- 継続価値を計算する
- FCF・継続価値をWACCで割り引き、現在割引価値を算出する
- 現在割引価値に継続価値を加えると事業価値が算出される
- 事業価値に非事業用資産を加える
一連のプロセスでは、『FCF』『WACC(加重平均資本コスト)』『継続価値』を独自に算出しなければなりません。
- WACC:借入と株式調達にかかるコストを加重平均したもの
- 継続価値:一定のキャッシュフローが永続的に持続すると仮定して、今後の企業活動で生み出される価値から算出した企業価値
DCF法は他のアプローチと比較して計算の難易度が高く、時間がかかるのがデメリットです。企業価値を正しく評価するには、専門家のサポートが不可欠といえます。
まとめ
バリュエーションを軽視すると、買い手は高値づかみ売り手は安売りをしてしまいかねません。算定方法には複数あり、企業の規模や事業計画、業界・業種によって適切なものが異なります。
合理的な妥協点を見つけていくためにも、互いが協力してバリュエーションを進めていかなければなりません。