
会社合併でよく使われる吸収合併の手法とは。メリット、リスクなど
会社合併は複数の会社を一つに統合する取引です。『吸収合併』と『新設合併』の2種類のうち、利用される頻度の高い吸収合併を中心に見ていきましょう。合併のメリットや注意すべき課題も確認します。買収との違いも把握し、自社の取引に生かしましょう。
2022-01-20
M&Aにおける合併とは

複数の会社を一つに統合する合併は、どのようなシーンで利用されるのでしょうか?合併の基本的な特徴を確認します。
複数の会社を一つの法人格に統合すること
合併はM&Aの手法の一つで、二つ以上の企業を一つに統合する取引です。対象会社を完全に取得したいと考えているときや、グループ企業の組織再編を実施するときなどに利用されます。
これまでは別々の会社だったものを一つに統合することで、下記のようなメリットが期待される手法です。
- 業績不振の救済
- 繰越欠損金の引き継ぎによる税務メリット
- 業務効率化

合併と買収の違いは?中小企業でも可能

M&Aの手法には合併のほかに買収もあります。二つの手法にはどのような違いがあるのでしょうか?また、合併が中小企業でも利用できるスキームなのかもチェックしましょう。
消滅する会社があるのが合併の特徴
合併は複数の会社を一つに統合する取引と先に紹介しました。一つに統合した後、存続する1社を残しほかの会社は消滅します。取引後に会社の数が減っているのが特徴です。
一方、買収によって会社は消滅しません。対象会社は買い手の傘下に組み入れられますが、法人そのものは残り続けます。取引終了後になくなる会社があるかどうかは、合併と買収の最大の違いです。

子会社化の後に合併を行うのが一般的
M&Aの手法には、株式譲渡や事業譲渡など複数のスキームがあります。中でも合併は特に会社同士を強く結び付けるのが特徴です。
最初から合併するケースもありますが、株式譲渡で対象会社を完全子会社化した後、時期を見て合併に踏み切るケースがほとんどです。統合まで段階を踏むことで、お互いの制度や社風を少しずつなじませやすい方法です。
それでも、もともと制度や社風が大きく異なれば、統合が難しいケースもあります。
対価は現金、株式も可能
買い手が対象会社の組織を丸ごと引き継ぐ合併では、対価として現金のほかに株式も利用できます。そのためまとまった資金を用意しなくても実施可能な手法です。
現金を持たない新設会社が引き継ぐ新設合併が可能なのも、株式を対価にできるからです。既存の会社が引き継ぐ吸収合併では、株式のほかに現金や債権も対価にできます。
ただし証券取引所に上場していない会社の株式は、対価として受け取っても売り手は現金化できません。そのため非上場会社が買い手の場合には、現金による取引を求められる可能性があります。
中小企業は上場していないケースがほとんどのため、多額の資金を用意する必要があるでしょう。
吸収合併と新設合併

合併には『吸収合併』と『新設合併』の2種類があります。M&Aの手法として合併を用いる際には、吸収合併が用いられるケースがほとんどです。それぞれの特徴を把握することで、なぜ吸収合併が多いのか理解できるでしょう。
買い手が売り手を取り込む吸収合併
吸収合併は、既にある会社に対象会社を統合する手法です。買い手は、吸収する対象会社の持つ全ての契約や権利義務を、丸ごと全て引き継ぎます。
メリットは手間やコストが少ない点です。新たに会社を設立する手続きが不要で、登録免許税の負担を少なく抑えられます。
新設合併の登録免許税が資本金に対してかかるのに対し、吸収合併では資本金の増加分にしかかかりません。税率は同じ0.15%ですが、課税対象の金額を低く抑えられる分、税負担が少なくなる方法です。
新しい会社になる新設合併
新設合併では、統合する2社以上の会社はどれも消滅します。なくなる会社の権利義務を引き継ぐのは、新たに設立する会社です。
ただし現場の負担は大きくなります。ある日を境に複数の会社がなくなり一つになるため、仕事の進め方や制度の統合で混乱を招くケースもあるでしょう。
費用も大きくなりがちで、吸収合併と比べるとデメリットが多く感じられます。手続きが煩雑でコストもかかりやすいため、実施されるケースはそう多くありません。

吸収合併の存続会社と消滅会社とは

吸収合併の当事者となる会社は、取引後も残る『存続会社』と取引後になくなる『消滅会社』に分かれます。それぞれの特徴をチェックしましょう。
対象会社の全てを承継する存続会社
存続会社とは、吸収合併後にも続く会社です。対象会社の資産・負債・権利義務などを丸ごと全て引き継ぐ買い手を指します。
吸収合併すると、存続会社は対象会社の持っているサービスや技術を全て自社のものにできます。統合で得た技術を活用して新製品の開発に成功するかもしれません。また、対象会社の販売網を生かしシェアを伸ばせる可能性もあるでしょう。
吸収合併後に清算なしで解散する消滅会社
一方、消滅会社は、会社が統合するのと同時になくなる会社です。消滅会社の持っているものは全て存続会社が承継します。資産はもちろん、負債も全て存続会社へ移行するため、清算の手続きは不要です。
存続するか消滅するかの違いはあるものの、『対等合併』ならば同等の立場で実施された印象を社内外に与えられます。買い手が対価の株式を交付するとき、対象会社と買い手の会社の株式が1対1になるよう交付するのが対等合併です。
対等合併であれば将来受け取る配当金も1対1のため、統合後の経営も対等な関係で行えます。

合併の主なメリット

M&Aの手法として合併を選ぶと、業務効率化や事業の強化に役立ちます。また条件を満たせば適格合併の利用も可能です。それぞれのメリットについて詳細を解説します。
業務を効率化し、コスト削減を図る
合併のメリットとしてまず挙げられるのは『コスト削減』です。複数の会社が一つになると、重複する部門や設備があるはずです。例えばバックオフィス部門を統合すると、その部門に必要な人員を削減できます。
バックオフィスの余剰人員を他部門に異動させたり、新部門を立ち上げて任せたりすれば、人材の効率的な活用が可能です。また複数のオフィスを一つにまとめれば、必要な設備の削減によるコスト減も期待できます。
事業拡大にかかるコストも削減可能です。対象会社がもとから持っている設備や取引先を活用すれば、新規事業をスピーディーかつ低コストで軌道に乗せられます。
規模が拡大することにより、スケールメリットを生かした仕入れコストの削減も目指せます。
売り手や買い手の強みを生かして事業を強化
シナジー効果による事業の強化も可能です。統合する企業の持つ強みをかけ合わせれば、単に足し算する以上の成果が出るかもしれません。
例えば、小売事業を営む会社がECサイトへ出店している会社を合併すれば、販売チャネルをECサイトにも広げられます。製造業の会社であれば、対象会社のブランドを生かし、ラインアップを拡充できるでしょう。
ただしシナジー効果を発揮するのは簡単ではありません。事前に綿密な企業調査が必要で、合併後の統合も慎重に進める必要があります。
適格合併が適用されるケースもある
『税制適格要件』を満たせば、法人税が課されない適格合併ができます。また適格合併を実施すると、通常は時価で引き継ぐ対象会社の資産や負債を、帳簿に記載されている価額のまま引き継ぐことが可能です。
これにより譲渡損益を繰延べできます。加えて対象会社に欠損金があれば、買い手で発生したものとみなされ、引き継げる可能性があるのが特徴です。
適格合併のメリットは、買い手にはもちろん対象会社にもあります。消滅する対象会社が対価として受け取るのが買い手の株式のみなら、譲渡損益が発生せず、みなし配当も発生しません。
ただし、実行する合併が『税制適格要件』や「繰越欠損金の引継ぎ要件」を満たすかどうかは、その後支払う税金に大きな影響を与えることとなるため、税理士などの専門家にアドバイスを受けることをお勧めします。

吸収合併までに必要な手続き

スムーズな吸収合併のためには、どのような手続きを実施するのか知っておく必要があります。吸収合併が完了するまでの手順を一つずつ見ていきましょう。
取締役会での承認後、吸収合併契約を締結
まず行うのは『取締役会』で合意を得ることです。取締役会を設置していない会社なら、過半数の取締役による合意がなければいけません。無事に承認を得られたら、吸収合併契約を締結する段階です。
契約の締結時は『吸収合併契約書』の作成が義務付けられています。『効力発生日』や『買い手が交付する対価』など、契約書に定めるべき項目は決められています。
加えて、任意で定める『効力発生日付けの商号変更』や『新役員の選任』もあります。
事前開示を行う
吸収合併を実施することについて『事前開示』も必要です。存続会社・消滅会社ともに、存続会社の本店所在地に事前開示書類の設置が義務付けられています。設置を開始するのは下記のうち最も早い日です。
- 株主総会の2週間前
- 反対株主への株式買取請求の通知、もしくは公告の日のいずれか早い日
- 債権者保護手続に関する通知、もしくは公告の日のいずれか早い日
債権者保護手続の通知を行うのと同じタイミングで設置するケースが多いでしょう。また設置した書類は、存続会社は効力発生日の6カ月後まで、消滅会社は効力発生日まで公開しておく決まりです。
株主や債権者を保護する通知などを行う
吸収合併を行うと、経営状況に大きな影響を与える可能性があります。対象会社の財政状態が悪ければ、買い手も経営難に陥るかもしれません。
経営状況が悪ければ株価に影響を及ぼしたり、債権の回収ができなくなったりするでしょう。株主や債権者にとっては、大切な資産を減らす可能性がある事態です。
株主や債権者が権利行使をする上での重要な判断基準となる情報のため、通知をして知らせます。株主への通知は効力発生日の20日前までが期限です。反対株主は会社に対して自身の持分株式の買取を請求できます。
債権者への通知は、官報公告や個別の通知により行います。通知は効力発生日の1カ月前までに実施しましょう。合併に反対する債権者は異議申し立てが可能です。
株主総会の特別決議で承認を得る
吸収合併を行うときには、原則として株主総会の特別決議で承認されなければいけません。ただし『略式合併』や『簡易合併』であれば、株主総会の特別決議を経ずに吸収合併を進められます。
略式合併の場合、買い手は対象会社の議決権の9割以上を持っており、親会社と子会社の関係です。株主総会の特別決議を開催してもまず否決されない状態のため、省略できます。
大規模な会社が小規模な会社を合併するときに実施される簡易合併では、買い手への影響が限定的です。株主や債権者に大きな影響はないと考えられるため、簡単な手続きで実施できます。
法務局にて登記手続きを行う
全ての手続きが終わり効力発生日を迎えたら、2週間以内に『登記』を行いましょう。存続会社の変更登記と、消滅会社の解散登記です。記入済みの登記申請書と必要書類をそろえ、法務局へ提出します。
登記には『登録免許税』『官報告示費用』がかかります。加えて司法書士に依頼するなら、その費用も必要です。
吸収合併で契約や許認可は引き継げる?

対象会社が取得している契約や許認可は、吸収合併後どのように扱われるのでしょうか?存続会社は消滅会社の組織を全て引き継ぎますが、契約や許認可はどのような決まりになっているのか確認します。
原則、契約などは包括的に承継される
合併では権利義務を全て引き継ぎます。そのため対象会社が結んでいる契約は、存続会社へそのまま引き継がれる対象です。
ただし、締結している契約に『チェンジオブコントロール条項(COC)』が設けられている場合は注意しましょう。契約を引き継ぐために、事前に吸収合併について契約相手に届け出なければいけないからです。
ただし吸収合併について知らせることにはリスクもあります。そのためよく検討した上で、知らせるタイミングを決定しましょう。
許認可をそのまま引き継げない場合も
許認可の引き継ぎは基本的にできません。消滅会社が持っていた許認可は、会社がなくなるとともに使えなくなります。存続会社でもその許認可が必要であれば、新たに申請し取得し直すのが原則です。
例外として、所轄大臣の認可により引き継げる許認可もあります。例えば一般貨物運送事業であれば、国土交通大臣の認可により、消滅会社から存続会社が引き継げます。
この場合、所轄大臣の認可が吸収合併の効力発生条件になる点に要注意です。仮に所轄大臣の認可が得られなければ、吸収合併の効力は発生しません。
合併後に上手く統合できるかが課題

コスト削減やシナジー効果などのメリットを発揮するには、合併後の『統合』がポイントといえます。あせって進めても、従業員の負担が増えてしまうでしょう。計画を立てて進めなければいけません。
統合作業は計画的に
複数の会社が一つの会社になる際には、さまざまな違いをどのように統合するか、計画を立てて進めましょう。違いは至るところにあります。社内システムや人事制度・給与規定・仕事の進め方・風土などがそうです。
早い段階で吸収合併のメリットを得るために、統合をどんどん進めたいと考える経営者もいるかもしれません。しかし無理に進めると社内に混乱を招きます。消滅会社出身者と存続会社出身者の間で対立が起こる可能性もあるでしょう。
計画を立て少しずつ確実に進めていくことで、十分なシナジーを期待できる吸収合併を実現できるはずです。
従業員の負担や不安に配慮する
吸収合併する上で、従業員に対する通知は義務付けられていません。手続き上は従業員に何も知らせないまま、吸収合併をすることも可能です。
ただし、吸収合併の後もこれまでと同じように勤務してもらうのであれば、従業員に対して吸収合併について伝えなければいけません。知らせるのが早過ぎると情報流出のリスクがあるため、適切なタイミングの見極めが必要です。
また消滅会社の従業員は、会社がなくなることを不安に思っているでしょう。存続会社の従業員も、業務内容や仕事量に変化が生じる可能性にストレスを感じるはずです。
負担にならないスケジュールで実施したり、吸収合併のメリットを正しく伝えたりすれば、従業員の負担や不安を減らせるでしょう。
まとめ
複数の会社を一つに統合する合併は、消滅会社がある点で買収と異なります。また合併には吸収合併と新設合併の2種類があり、よく実施されているのは手間もコストも少ない吸収合併です。
合併の手続きが完了した後、統合がスムーズに進めば、コスト削減やシナジー効果を得られます。しかし統合をあせると、現場で働く従業員の負担や不安を増やしかねません。計画を立て着実に進めましょう。
また売り手への対価として株式を交付できるため、資金がなくてもM&Aを実施できる手法でもあります。ただし買い手が非上場会社の場合、株式だと換金が難しく、対価を現金に指定されるかもしれません。
証券取引所に上場していない会社であれば、合併ではなく株式譲渡や事業譲渡の方が手続きしやすいでしょう。

