
M&Aにおける競業避止義務をわかりやすく解説。トラブルになる点は?
競業避止義務はM&Aの売り手に課せられる義務です。買い手の利益の保護を目的として契約書に盛り込まれるものの、内容によっては有効性が認められない場合もあります。トラブルの事例や書き方のポイントを交えて、競業避止義務をわかりやすく解説します。
2022-05-20
M&Aで注意したい競業のトラブル

競業(きょうぎょう)とは、『営業上での競争』を意味する言葉で、会社法21条には、『譲渡企業が競業避止義務を負うこと』が明記されています。M&Aではどのような行為が競業に当たるのでしょうか?
M&Aにおける競業とは
M&Aにおける競業とは、主に以下のような行為を指します。
- 対象会社の経営者・役員・従業員が売却した会社と同じ事業の会社を営む
- M&A後、対象会社の役員や従業員が競合他社で働く
株式譲渡によって買い手が対象会社の経営権を獲得すると、経営者が交代します。旧経営者は退任しますが、技術や知識を持つ旧経営者が別の会社を立ち上げて同じ事業を始めれば、買い手(譲受会社)の競合他社となるでしょう。
会社を退職した役員や従業員が競合他社に雇用されれば、これも買い手にとっては大きな脅威になります。彼らが保有するノウハウが競合他社で活用される可能性はゼロではありません。
買い手がM&Aの目的を果たせないリスク
M&Aの最終契約書には、売り手に対する『競業避止義務』を盛り込むのが一般的です。その理由としては、売り手の競業を認めると、買い手がM&Aの本来の目的を果たせなくなり、不利益を被るためです。
例えば、事業譲渡の譲渡対価を分解すると『事業時価純資産+のれん(営業権)』となる場合があります。のれん(営業権)とは、企業のノウハウやブランドといった目に見えない資産のことで、今後得られる利益の源泉となるものです。
買い手は将来の利益を見込んで譲渡対価を支払いますが、『売り手が競業する存在になること』は想定していません。
M&Aの成立後に売り手が同じ分野で事業を始めれば、企業価値が毀損し買い手は不利益を被るでしょう。事業展開を妨げられ、買い手の将来的な成長にも影響を及ぼします。
対象会社に課される「競業避止義務」

競業避止義務は、買い手の利益を守るために売り手に課される義務です。株式譲渡契約書や事業譲渡契約書の条項の一つとして記載され、契約に違反した際は売り手に何らかの責任を負わせることが可能です。
事業譲渡の場合
事業譲渡とは、売り手が事業の全てまたは一部を第三者に譲渡するM&A手法です。株式譲渡や合併と異なり、譲渡したい事業を自由に選択できるのが特徴です。
会社法21条(譲渡会社の競業の禁止)では、事業譲渡における競業避止義務として以下のような記載があります。
- 譲渡会社は当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内で、事業譲渡した日から20年間、同一の事業を行ってはならない
- 同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は事業譲渡の日から30年間に限り効力を有する
- 規定にかかわらず、譲渡会社は不正競争の目的で同一の事業を行ってはならない
双方の合意が得られれば、『同一・隣接の市区町村』に限定せずに、避止業務を定めることが可能です。ネットが普及した現代では、地域だけを限定してもその効果は薄いでしょう。
契約上で排除される可能性もある
会社法21条には、『事業譲渡の競業避止義務を必ず定めなければならない』という記載はありません。つまり、競業避止義務を契約書に盛り込むかどうかは、双方の話し合いで決まるのです。
義務を契約書から完全に排除すれば、売り手はノウハウや技術を生かし、新たに事業を始められるでしょう。一方で買い手は事業拡大が妨げられ、不利益を被ります。
最終契約書の締結時は、『片方が不利になる内容になっていないか』『必要な条項は盛り込まれているか』を確認する必要があります。
弁護士に作成を依頼するのが理想ですが、予算に限りがある場合は、リーガルチェック(弁護士による確認)だけでも依頼するのが望ましいでしょう。
株式譲渡の場合
株式譲渡とは、売り手の株主が買い手に株式を譲渡してその会社の経営権を移譲するM&A手法です。事業譲渡と違い、会社の権利義務や資産負債の全てを引き継ぎます。
株式譲渡契約書では、万が一のリスクを想定して、売り手と買い手が分担するリスクを明らかにしておく必要があります。特に買い手は、売り手の全てを把握しているわけではないため、できるだけ条件を細かく定めるように交渉しましょう。
会社法に株式譲渡における競業避止義務に関する規定はありませんが、株式譲渡契約書を締結する際には、一定期間の競業避止義務の条項を定めるのが一般的です。
競業避止義務を定める上でのポイント

競業避止義務を定める上では、範囲と期間を明確に規定する必要があります。会社だけでなく、役員や従業員にも競業避止義務が及ぶケースもある点に注意しましょう。
「競業」になる範囲を明確にする
会社法21条には、『同一の事業を行ってはならない』と記載がありますが、今後何らかの事業を始めたい売り手側からすれば、競業になる範囲は明確に、かつ限定的にしておきたいのが本音です。
例えば、複数のEC事業を営む企業において、ファッション事業のみが譲渡対象となる場合、譲渡契約書には『競合するファッション関連事業を行ってはならない』と具体的に記載するのが望ましいでしょう。
競業になる範囲を『EC事業全般』とすることも可能ですが、範囲があまりにも広すぎる場合、売り手が納得しない恐れがあります。双方で話し合い、どのような事業が競業避止義務に当たるのかを明記することが重要です。
適切な期間に設定する
会社法では、事業譲渡における競業避止義務の期間は20年間で、特約があれば最大30年間に延長ができます。現実には5~10年になる例が多く、30年もの期間が設定されるケースはごく稀です。
契約書の締結にあたり、買い手と売り手はお互いの事情を考慮しながら、適切な期間を設定しなければなりません。
買い手としては『できるだけ長い期間を設定したい』と思うものですが、10年以上の期間を定める際は、合理的な理由や根拠を示す必要があります。
役員や従業員に対する競業避止義務
憲法では、自らの職業を選択・決定できる『職業選択の自由』が定められており、対象企業の役員や従業員も例外ではありません。
ただし、契約書に合理的といえる制限があり、かつ何らかの代償措置が存在している際は、競業避止義務の効力は役員・従業員にも及ぶのが実情です。『代償措置』とは、競業避止義務を課す対価として支払われる金銭や支援、厚遇などを指します。
従って、退職後に取締役が自分の名義で同一の事業を営んだり、従業員が内部情報を持ち出して商売を始めたりするのは契約違反にあたります。なお、代償措置がない場合は、競業避止義務の有効性が認められないケースが多いようです。
競業避止義務の違反があった場合

競業避止義務の違反があれば、競業行為の差し止めや損害賠償請求ができる可能性がありますが、競業避止義務の有効性が必ずしも認められるとは限りません。トラブルを回避するため、買い手はどのような対策を施せばよいのでしょうか?
契約解除や、売り手が何らかの責任を負う
競業避止義務を定めていても、M&Aの後に同種の事業をスタートさせる売り手もいます。買い手は、競業避止義務を定めるだけでなく、契約違反をした場合のペナルティーを明確に定める必要があるでしょう。
- 競業行為の差し止めを請求する(事業停止)
- 契約解除する
- 損害賠償請求する
- M&Aの対価を減額する
実際、EC事業の売却後に同一のEC事業を再開したケースで、事業停止と損害賠償請求の判決が下された事例があります。
立証するのは容易ではない
競業避止義務の違反があっても、必ずしも損害賠償が請求できるとは限りません。競業避止義務に当たるかどうかの判断が難しい上、買い手が被った被害額を具体的に提示する必要があるためです。
顧客を奪われて売上が減ったという場合、最初に市場動向の調査をしていなければ、正確な被害額が算出できません。因果関係がきちんと立証されない限り、損害として認められないのです。
また、裁判をするには多くのコストや労力が費やされます。判決結果を売り手が不服とすれば最高裁判所まで争うことになり、事態はさらに泥沼化するでしょう。
トラブルを回避するには、初期の交渉段階で相手の本質を見極めることが重要です。条件のよい案件があってもすぐには飛びつかず、経営者の人柄や考え方を把握した上で慎重に判断する必要があります。
まとめ
競業避止義務は、主に『買い手の利益』を守るために存在します。最終契約書の締結時には、競業避止義務を忘れずに規定し、万が一のリスクに備えたいものです。
ただし、仮に売り手が競業避止義務に違反した場合でも、相当の因果関係があると立証できない限り、損害賠償請求は難しいのが実情です。内容や記載方法によっては、有効性が認められないケースもあります。契約書を作成するにあたっては、弁護士やM&Aの専門家に相談するのが望ましいでしょう。
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