
敵対的買収の方法。目指す株式の保有割合、TOBの流れなど
当事者の合意なしで行われる『敵対的買収』は、株式公開買付(TOB)によって行われます。発行済み株式の何割を取得すれば、企業買収が成立するのでしょうか?TOBの流れや敵対的買収のリスクについても解説します。
2022-05-17
敵対的買収とは

M&Aにおける『買収』とは、対象企業の経営を支配する目的で、株式の過半数以上を取得したり、事業部門を買い取ったりする行為を指します。買収には大きく『友好的買収』と『敵対的買収』の2種類が存在します。
経営陣の同意なしで買収を行うこと
敵対的買収とは、対象企業の経営陣の同意を得ずに買収を行うことです。
買収を仕掛けられた対象企業は、さまざまな対抗措置により企業買収を阻止しようとします。互いの衝突が避けられないことから、同意なしの買収は『敵対的買収』と呼ばれています。
一方『友好的買収』は、経営陣の合意を経た上で進められるのが特徴です。経営陣の全面的な協力の下、株式交換や事業譲渡、株式譲渡といった『契約による買収』が行われます。
日本で敵対的買収は起こりにくい
海外では敵対的買収がごく一般的に行われていますが、日本での事例はほとんどが友好的買収です。大きな理由としては、以下の二つが挙げられます。
- 日本の中小企業の大半は『株式譲渡制限会社』である
- 敵対的買収で、優秀な人材が流出する恐れがある
後ほど詳述しますが、敵対的買収は『TOB』(Take Over Bid)と呼ばれる『株式公開買付』で行われるのが原則です。
そもそも株式公開買付は、株式市場に株式を公開している公開企業や上場企業に対して行えるものです。中小企業の大半は、株式に譲渡制限を設けている『非公開企業』であるため、会社の同意なしで株式が売買されることはほとんどありません。
また敵対的買収という強引な手段は、対象会社の従業員や取引先からの協力が得られない可能性があります。中核を担う優秀な人材や長年の取引先を失えば、企業買収の意義や価値がなくなってしまうため、安易な敵対的買収はリスクが大きいのです。
そもそも企業買収の目的は?

買収の目的は企業によって異なりますが、多くは事業の多角化や経営資源の獲得を理由としています。企業買収で得られるメリットについて理解を深めましょう。
事業の多角化
企業買収の目的の一つとして、『事業の多角化』が挙げられます。事業の多角化とは、文字通り既存の主力事業とは異なる事業分野に進出することです。
主力事業の収益性が下がっても、別事業で収益を獲得できていれば、業績悪化の影響が会社全体に及ぶのを食い止められます。各事業間でのシナジー効果も見込めるため、事業多角化は企業の成長戦略の一つとして位置付けられているのです。
まったくの新分野に進出する際、事業を一からスタートさせることは容易ではありません。業績が好調な企業を買収すれば、事業の立ち上げにかかる時間やコストが省け、スムーズな市場参入を行えます。
経営資源の獲得
『経営資源の獲得』を目的に、敵対的買収が行われるケースもあります。経営資源とは、優秀な人材や特殊技術、独自のノウハウなどを指します。
人材の育成でも、ものづくりの技術でも、本来は多くの時間を費やさなければ手にできないものです。さらに『特許技術』はその企業だけが使用できる知的財産なので、他社が勝手に取得したり利用したりすることはできません。
『資金はあるけれど、肝心の技術やノウハウがない』という企業は、他社を買収することで、企業の成長に不可欠な経営資源を短期間で得ようとします。実際、日本には『株価は安いが独自の技術やノウハウを有している』という企業は数多く存在します。
敵対的買収のメリット

敵対的買収には『会社の乗っ取り』のイメージが強く、多くの人はネガティブなイメージを抱きがちです。対象企業の経営陣は激しく抵抗しますが、従業員や株主にとっては『敵対的買収=悪』であるとは言い切れないのが実情です。
経営陣を刷新して経営を改善
企業において、同じ経営陣が事業運営を担い続けることは、必ずしも成長にプラスになるとは限りません。経営体質が長年変化しない場合、外部環境の変化に対応できなかったり、経営課題が改善されなかったりして、企業成長が鈍化する恐れがあります。
企業が長く生き残るためには『組織変革』が不可欠です。敵対的買収が成立すると、対象企業の経営陣が刷新され、抜本的な組織変革が実現するでしょう。経営陣が交代した結果、経営が改善し、企業価値が上がることも考えられます。
株主にとっての敵対的買収の意味
株主にとって、敵対的買収は必ずしもマイナスの効果をもたらすとは限りません。むしろ買収に応じた方が、株主の利益につながるケースも多いのが実情です。
敵対的買収の対象になりやすい企業には、『時価総額に比べて、キャッシュ・フローが良く、会社全体の価値が高い』という特徴があるとされます。
- キャッシュが収益性の高い事業で有効活用されていない
- 本業が順調なのに、株主に対して十分な利益還元をしていない
- 経営陣の報酬額だけが高すぎる
こうした企業の株主は経営層に多かれ少なかれ不満を抱いているため、敵対的買収への抵抗感が少ないといえます。
効率的な事業活動を行える
敵対的買収によって経営陣が刷新されると、それまでの非効率な経営体質が大きく改善する可能性があります。生産性や企業価値が上がり、結果的に対象企業の従業員や株主はその恩恵を享受できるでしょう。
また、企業の規模が拡大し、スケールメリットが得られるようになるのも大きな利点です。スケールメリットとは、同種のものを多く集めたときに得られる効果や効率、優位性を指します。
例えば買収によって企業体が大きくなれば、大量仕入れによる『コストの引き下げ』が可能となるでしょう。大量生産が可能になれば、設備機器の稼働率が上がって無駄がなくなり、作業者の習熟度が増して生産効率が高まることも期待できます。
敵対的買収はどのように行うのか

敵対的買収は、TOBによって実行されます。対象企業の株式を100%買い取る必要はありませんが、少なくとも過半数以上の株式取得を目指す必要があるでしょう。敵対的買収が成立する条件について解説します。
敵対的買収の成功と株式の保有割合
まずは会社の買収と株式の保有割合の関係について説明しましょう。1単元株に対し一つの議決権があり、会社の意思決定機関である『株主総会』では、より多くの議決権を保有する株主が有利になります。
会社の経営権をコントロールするには、対象企業の過半数以上の株式を保有しなければなりません。持ち株比率が50%を超えれば以下の権利を行使でき、実質的に会社を支配できます。
持ち株比率が高ければ高いほど、会社への影響力が強くなると考えましょう。
持ち株比率 | 株主の権利 |
50.1%(1/2超) | 株主総会の普通決議を単独で可決 |
66.7%(2/3以上) | 株主総会の特別決議を単独で可決 |
100% | 全ての意思決定が可能 |
- 普通決議の決議事項:役員の選解任・自己株式の取得・余剰金の配当など
- 特別決議の決議事項:事業譲渡の承認・定款変更・譲渡制限株式の買い取り・組織変更の決定など
TOBとは
株式を公開してる企業の1/3を超える株式を取得する場合は、TOB(Take Over Bid)の形で行わなければならないのが原則です(金融取引法27条2)。
TOBとは取引市場を通さずに株式を買い取る手段で、企業買収のほか、子会社化や合併といった企業の組織再編でも活用されています。
公開買付者は事前に買付価格・買付株数・買付期間を公告し、不特定かつ多数の者に対して、保有する株式を売るように勧誘します。
買収を仕掛ける会社は資金力が重要
より多くの株主に売却してもらうため、TOBの買付価格は、通常の市場価格(株価)よりも高めに設定するのが一般的です。
市場価格とTOBの買付価格との差額は、『TOBプレミアム(上乗せ幅)』と呼ばれ、市場価格の30~50%前後になるケースが多いとされます。
プレミアムに加え、株式の過半数を取得することを考慮すると、資金が潤沢でない企業は敵対的買収を成功させるのは難しいといえます。
TOBの流れ

TOBを実行する企業は、金融商品取引法に沿って手続きを行うのが原則です。ここでは、公開買付者が行う手続きの大まかな流れについて解説します。
TOBの公表
公開買付者は、以下のいずれかの方法でTOBを開始する旨を公告しなければなりません。
- 金融庁の電子情報開示システム「EDINET」
- 日刊新聞紙
また公告の同日に、金融商品取引法27条に定められた公開買付の目的・買付期間・買付株数・買付価格などを記載した『公開買付届出書』と、『添付書類』を内閣総理大臣に提出する必要があります。
さらに、株式を保有する既存株主に対しては、買付の詳細を記した『公開買付説明書』を交付します。
株主がTOBに応募
公告を確認した既存株主は、TOBに応募するかどうかを検討します。このとき、株主には以下の三つの選択肢があることを覚えておきましょう。プレミアムを付けたからといって、必ずしも全ての株主がTOBに応じるとは限りません。
- TOBに応じる
- TOBに応じず、そのまま保有を続ける
- TOBに応じず、市場で株式を売却する
公開買付期間は20~60営業日です。この間に、株主は株式を手放すか否かを判断します。
TOBの成立、不成立
TOBでは、買付を行う株数の上限と下限をあらかじめ設定します。公開買付期間の終了後に応募株式の集計を行い、買付予定数の下限に達していれば、TOBが成立します。
一方、下限に満たない場合は、『応募された株式の買付を一切行わない』『TOB期間を延長する』という選択が可能です。
公開買付期日最終日の翌日中に、内閣総理大臣に『公開買付報告書』を以てTOBの成否を報告します。
敵対的買収にはリスクがある

日本では敵対的買収を行う企業はごくわずかです。その理由として、買収に伴うリスクの大きさや、成功率の低さなどが挙げられます。仮に買収が成立したとしても、その後の経営がうまくいく保証はありません。
必ず成功するとは限らない
敵対的買収を進めるにあたり、『買収が失敗に終わる可能性』も考慮する必要があります。
後述しますが、敵対的買収を仕掛けられた企業は、ポイズンピルやゴールデンパラシュートといった買収防衛対策で対抗するため、買収が難航するのが実情です。魅力的な価格を提示しても、安定株主は株式の売却に応じないケースが多いでしょう。
また、自社以外にTOBを発表する企業があれば、買付価格が高い方が有利になります。結果的に過半数以上の株式が取得できたとしても、買付者の支出は当初の想定以上のものとなってしまうでしょう。
取引先や顧客からの反発
敵対的買収で経営陣が交代すると、反発心や不満から取引先や顧客が離れてしまう恐れがあります。
関係の維持を希望する場合は、経営陣の合意のもとで友好的買収を行うのが望ましいでしょう。売却側の経営者が取引先と新経営者の橋渡し役を担うため、買収後の取引がスムーズに進みます。
また、対象企業とその取引先との契約書の中に『チェンジオブコントロール(COC)条項』が盛り込まれていた場合、買収後に取引先から契約を解除される可能性が高いでしょう。
COC条項とは、経営権の移動があった場合の対応を取り決めたもので、商取引の契約書に記載されます。
『自社の株式の1/3以上が移動した際、本契約は解除できる』という内容であった場合、敵対的買収が成功しても、取引先との関係性は維持できないかもしれません。
企業イメージが悪化する可能性がある
日本では敵対的買収によいイメージを持つ人は少なく、むしろ『会社の乗っ取り』としてネガティブに捉える人が多い傾向があります。
『資金力に任せて、大企業が中小企業を強引に乗っ取った』という印象を持たれてしまえば、企業イメージの悪化は避けられません。
とりわけ上場企業の買収はメディアから注目されるため、イメージ悪化を防ぐための対策が必要です。敵対的買収を行うにあたり、買収の経緯や目的をしっかり説明することが求められるでしょう。
敵対的買収の防衛策

買収を仕掛けられる側は、敵対的買収に対して何も策がないわけではありません。株式を市場に公開している多くの企業は、何らかの『買収防衛策』を用意しているのが一般的です。
買収防衛策とは
企業における『買収防衛策』とは、買収対象にならないための予防策と、買収を仕掛けられた際に講じる『対抗策』に大別されます。
買収防衛策と一口にいってもその手法はさまざまで、友好的な第三者に協力してもらう方法もあれば、株式の買付自体を不可とする方法もあります。
これらの策は、敵対的買収から既存の経営陣を守るためにありますが、経営陣が用意する買収防衛策が、必ずしも株主の利益につながるとは限りません。
敵対的買収が株主にメリットをもたらすケースもあるため、防衛策を講じる際は株主の利益を阻害しないかを考える必要があります。
ポイズンピル
日本語で『毒薬』を意味するポイズンピルは、米上場企業の約4割が導入しているといわれる代表的な防衛策です。
敵対的買収が行われた際、買収者以外の株主に対して新株(毒薬)を大量に発行します。全体の発行数に占める買収者の持ち株比率が大きく下がるため、経営権の取得は困難を極めるでしょう(株式の希薄化)。
買収者が既存株主から新株を買い取れないように、新株に『譲渡制限』を設けておくことも可能です。
ゴールデンパラシュート
ゴールデンパラシュートの直訳は、『金の落下傘』です。敵対的買収が成立すると、買収先から経営陣が送り込まれ、経営層の総入れ替えが行われるのが通常です。
あらかじめ雇用契約で『役員退職金』を高額に設定しておけば、経営陣の入れ替えに伴って多額の資金が会社から流出するため、買収者は買収意欲が減退します。買収コストを膨らませ、企業価値を毀損させるのが狙いです。
経営陣のみが多額の退職金とともに会社から脱出を図るため、ゴールデンパラシュートという呼び名が付けられました。
ホワイトナイト
ホワイトナイト(白馬の騎士)は、敵対的買収を仕掛けられた際、友好的な買収者に自社を買収してもらうことで敵対的買収を防ぐ方法です。以下のような方法で行使されます。
- 友好的買収者に敵対的買収者よりも高い価格でTOBを実施してもらう
- 第三者割当増資(※)や新株予約権(※)を交付して、友好的買収者の持ち株比率を高める
ホワイトナイトは、ある意味『身売り』ともいえる行為です。買収者が友好的であっても、買収されることには変わりがないため、企業にとっては最終的手段といえるでしょう。
※第三者割当増資:ある特定の第三者に対して有償で新株を発行すること
※新株予約権:株式の交付を受けられる権利
まとめ
敵対的買収は、TOBによって実施されるものです。市場に株式を公開している公開企業や上場企業がターゲットで、株式譲渡制限が設けている中小企業が敵対的買収のリスクにさらされるケースはほとんどありません。
買収のターゲットになりやすい企業は、複数の買収防衛策を準備しています。仮に買収を仕掛けたとしても、ポイズンピルやホワイトナイトなどの防衛策によって、買収が不成立に終わる可能性が高いでしょう。
他社の買収を考える際は、敵対的買収を行う意義やリスクをよく考える必要があります。